第9回全国喉摘者発声大会講評    廣瀬 肇 先生


第9回全国喉摘者発声大会講評

         日喉連顧問・銀鈴会常任顧問        廣瀬 肇


 第9回全国喉摘者発声大会は、日喉連および銀鈴会の共催で、公益財団法人J.K.A.「オートレース公益資金」補助のもとに平成28年11月19日、東医健保会館において開催されました。大会は食道発声の部とELの部に分けて行われ、審査委員は、福田宏之先生(副委員長、銀鈴会特別常任顧問、青山耳鼻咽喉科・福田ボイスセンター長)、小林範子先生(北里大学名誉教授)、相楽多恵子先生(首都医校教官)、さらに新美典子日喉連・銀鈴会名誉会長、松山雅則日喉連・銀鈴会会長、上西洋二日喉連副会長・阪喉会理事長、秋元洋一日喉連専務・銀鈴会副会長が加わり、私が委員長として参加しました。司会は渡辺操銀鈴会監事、時計係は大場千恵子銀鈴会指導員で、さらに多くの銀鈴会関係者が会場設営、録音、ビデオおよび写真記録などに協力されました。

 


 食道発声の部では、出場者はまず歌(伴奏なし、「故郷の空」の1番、または「赤トンボ」の1,2番)を歌い、その後自由なテーマでのスピーチを発表して総計5分以内、ELの部ではスピーチのみで4分以内の発表を行いました。審査員は、食道発声の場合、ことばの明瞭性、流暢性、空気の取り込みの状態、さらには発表内容、態度(とくに時間厳守、など)を総合して採点し、ELの部ではELの使い方全般とことばの明瞭性、話す速さなどに注目して採点を行いました。採点は両部とも100点満点とし、各出場者について、審査員全員の採点値のうち最大値と最小値を除いた分の平均値を求めて順位をつけました。
 会の進行の順序とは逆になりますが、まずELの部について述べます。この部の出場者は7名(うち1名が女性)、平均年齢71歳、入会後の経過年数の中央値は4年(9カ月~12年)で、食道再建者3名を含みます。また1名が2回目の出場でした。採点の結果、1位松永静也さん(銀鈴会)、2位中里尤之さん(栃木県喉摘会)、3位鵜木吉昭和さん(京都喉友会)でしたので各人について簡単に述べます。なおカッコ内の数字は上下をカットした総得点です。
☆第3位 鵜木吉昭和さん 71歳、入会歴3年1カ月(523点) 
発表内容:術後しばらくは発声が恥ずかしいなどの葛藤があったが、喉友会に出席して段々に会話を楽しむようになり、現在は独り暮らしなので会への参加を楽しんでいる、と。
 多少の音洩れがありましたが、落ち着いた話し方で、内容がよく伝わりました。
☆第2位 中里尤之さん 75歳、入会歴4年4カ月(528点)
発表内容:公務員定年後に発病、手術を受けて当初は不安が大きかったが、喉摘会に参加してその行事などを楽しむようになった。今後は食道発声練習も視野に入れ、人生まだまだの感じで過ごしたい、と。
 やや早口になる傾向がみられましたが、ELの使い方はほぼ完璧で話の明瞭度も良好でした。
☆第1位 松永静也さん 72歳、入会歴10年9カ月(532点)
発表内容:術後10年以上となるが、音程調節可能なELを使ってカラオケや同窓会での校歌合唱を楽しんでいる、と。
 落ち着いた話し方で流石にベテランと思われましたが、何と言っても圧巻はスピーチの最後の「琵琶湖周航の歌」で、音程調節式ELの操作の巧みさ、歌のメリハリの良さが第1位を齎したといえましょう。
 以前から申し上げていますが、ELで最も大事なのは、皮膚面に当てる部分がズレて起こる音洩れを無くすことです。また、ボタン(スイッチ)操作が重要で、オン・オフを的確にし、さらに続けて音を出し過ぎて早口になるのを避けるように注意すべきでしょう。また、声が鼻にかかる傾向にも注意が必要です。
 次に食道発声の部では、出場者18名(うち女性3名)、平均年齢66歳、入会後の経過年数の中央値は5年(1年5カ月~29年6カ月)で、食道再建者4名を含みます。また4名が2回目の出場でした。採点の結果、この部では上位10名が入賞(佳良賞)、そのうちの上位3名が、1位・厚生労働大臣賞、黒崎義博さん(石川喉友会)、2位、岡崎勝弘さん(静岡県静鈴会)、3位、佐藤達也さん(立声会)と決定しました。ここでその3名の方について簡単に述べます。
☆第3位 佐藤達也さん 55歳 入会歴1年5カ月(533点)
発表内容:術後直ぐ職場復帰を果たしたが違和感があり、3カ月で退職、一旦ひきこもり状態であったが立声会に入会して、新しい声の獲得に熱意を持ち、第2の声の獲得ばかりではなく、すべてにおいてチャレンジが重要であると感じている、と。
 出場者の中で最年少であり、また入会歴も最も短い経過での入賞で、ゆっくりした明瞭度の高い会話力を短期間に身につけた努力が伺われました。なお2位の方との点差はわずか1点でした。
☆第2位 岡崎勝弘さん 72歳 入会歴5年3カ月(534点)
発表内容:山登りを昔から趣味としており、山まで行くのに昔は電車やバスを乗り継いだが今は様変わりしてしまった。南アルプス登山の思い出など忘れがたい、と。
 こちらは食道発声の部の最高齢者で、やや早口になるため明瞭度に少し問題がありましたが、不自然なところが全くない、という話し方でした。 
☆第1位 黒崎義博さん 62歳 入会歴29年カ月(571点)
発表内容:比較的若い頃に手術を受け、自分でいろいろな練習法を工夫した。例えばアイウエオを速く繰り返したり、鼻から息を吸って口にくわえた風船を膨らませる、などである。しかし、職場で会話すること、最近では家で孫と話をするなど、現場での実践が訓練の基本であると考えている、と。
 何と言っても入会後來年で30年になる、というベテランであり、2位以下を点数で大きく引き離しての1位入賞でした。リラックスした自然な発声で、明瞭度、話の内容の整理など、非のうちどころのない発表であったと考えています。
今回は歌も課題とされました。喉摘後にはメロディの調節が極めて困難になるのが一般ですが、今回、1位の黒崎さん、4位となった白川さんなどは正確なメロディで歌われました。メロディ、つまり音程の調節は喉頭の筋肉の重要な機能の一つですが、必要な筋が完全に失われた後、残された食道周辺の筋をどのように使って音程調節が出来るようになるのか、われわれ医師にとってもまだ謎として残されています。いずれにしても素晴らしい能力と思われました。
この大会を通じて、全国的な食道発声のレベルが極めて高いことを再確認致しました。今後も各地での研鑽、指導員の養成などがさらに進むことを期待しています。
今回ご出場の皆様をはじめ、日喉連会員各位がさらに健康に留意され、今後ますますの精進を続けられることを祈念致します。最後に、審査員各位、ならびに毎回多大のご協力頂いている銀鈴会を中心としたご関係の皆様に感謝して、講評と致します。

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